朝の様子を見る限りまともに答えてもらえるとは思えないが、彼らからはほとんど情報が得られなかったと言っていいので虱潰しにいくしかない。
魔伎の犯行だというのは確実なのだが、本人が言うように彼らではないだろう。魔力の強さや術の系統的に、不可能なのだ。
彼らの態度や言葉を思い出しながら、頭の中で整理できていない疑問を隣のファイにぶつけてみる。
「ねぇ、あの2人が店を閉めて閉じこもる理由、本当だと思う?」
「思わない」
あっさりと返ってきたことに、やはり自分の違和感は間違ってなかったのだと安心した。
彼らはなぜ立てこもる必要があるのだろうか。
そう問うと、“魔伎というだけで町の人が自分たちを責めるから”と言っていた。それが事実ならば、なぜまた新たな被害者の出た今日は誰も店に近寄らないのだ?
まったく無視をしているわけでもない。隣の家は人が出入りしているし、そのたびちらちらと店の様子を窺っている。
責められるというのが事実ならば、カーテンを閉め、光も極力漏れないように過ごしていたことも合点がいかない。鍵を閉め、さらに結界を軽く張ってさえすれば、町唯一だという魔伎に抗うすべはないのだ。
わざわざ中の様子を見られないようにする必要はないだろうし、自分たちでないのに疑われているのならばクルグスを出るという手もある。
なにせ駅のある町なのだ。転移が使えなくとも列車に乗ってしまえば町から離れることなど容易いし、離れてまで追いかけてくることはないだろう。
「それに…なにか隠してるよね?」
「当然だろ。あの反応、事実を知ってますーって言っているようにしか思えないな」
彼らは、自分たちではないとしか告げなかった。
素直に話していると見せかけて解決に協力しようともせず、核心に迫るような質問にはただ怯えた目でなにも知らないと頑なに言い張るだけだ。
強く出ようにも、彼らの瞳になにかしらの決意が窺えて、どうにも踏み切れなかった。
「犯人だと思う?」
「思わない。人を殺した雰囲気というか…そういう独特なものがないし、殺せるような度胸もないだろ」
ファイが鼻で笑って断言した。
なぜだろう。彼らが疑われていないのに、手放しには喜べない。
「あの夫婦と知り合いだったな」
「うん」
「お前が彼らの使える術では不可能だというから信じたが、魔力が変化することはないのか? 後から使えるようになったとか」
「それはありえないね」
魔力が変化することがありえなくはない。
幼いころは強い魔力を秘めていたのに術を学び始めたら弱くなったり、その逆だったりというのは、実はよくあることだ。始めの制御の部分で間違った方法を取ってしまうと、もう魔力は身体に馴染んでくれない。少ない魔力でもそれを余すことなく有効に使えるようになると、なぜか全体量が増えるのだ。
しかしそれはあくまでも魔術を使い始める変化の時期のみ。
レオナがマウロに会ったのは、もう彼が40歳に近い年齢だった。そのころには術も安定して使っていたから、もう変化はない。
アンヘラも同様だ。使える術の精度は上がっても、系統は不可能。
レオナは、本当は転移の術が使いたかった。転移したい人や場所を正確に思い描ければ、それだけでその場所に移動できる素晴らしい術。失踪した兄だって、転移の術が使えればすぐに見つけられたはずだ。
だが、どんなに術式を読んで理解しても、どんなに魔力をつぎ込んでも、使えることはなかった。
あまり続けると命に関わるからやめてくれと、ミシェルに懇願されたのを思い出す。
そのときも自分の無力さがつらかった。どんな強い魔力を持っていても、使いたい術が使えなくては何の意味もないのに。
「魔伎しか犯行が不可能っていうのは事実だろうしな…。部外者の可能性があるのか? …まさかなぁ…」
早く解決して進みたいのだろう、簡単にはいかないことに苛立っているようだ。ガシガシと頭をかく。
ぼさぼさになってしまった、本来はさらさらの髪の毛を残念に見て、不意に思いだした。
「あ、忘れてた! 私、昨日の夜強い魔力を感じてたんだよね」
言うなり頭を殴られた。
「いったー!」
「痛いじゃねぇ! そういう大切なことはもっと早く言え!」
「言おうとしたらファイが不法侵入しようとしてるから言えなかったの!」
「不法侵入? 俺がいつした」
「マウロさんの家に入るときでしょ!」
本当に意味が分からない、という表情をしている。まさか忘れたわけではあるまいし、あれが不法侵入という意識が欠片もないのだろう。これだから近衛兵士は。
文句を続けようとするとファイに制される。
「まぁ文句はいい。で? そいつはどこだ」
「いや…すぐ消えちゃって…辿れないんだよねぇ…」
もう一度殴られた。
「ちょっとー!」
「それじゃなんの手がかりにもならないだろ!」
「私のせいじゃないでしょ!」
なぜ理不尽なことで怒られて殴られなければいけないのだ。
魔力を“辿る”のは、“感じる”のとは異なる。
ある程度力のある魔伎であれば、魔術を使って作ったもの――魔道具や結界など、形のあるもの――や、術師の存在など、「魔力」を容易に“感じる”ことができる。
対して、“辿る”のは“感じ”のさらに精密になったようなものだ。術が使われた場所・もの・人などから、残った魔力から術師までの道を“辿り”、居場所を割り出す。微かでも残っていれば可能で、また魔力を感じたままであれば、難度は上がるがこれも可能である。
どちらも術系統関係なく行えるが、“感じる”のは無意識的で“辿る”のは意識的、という違いだ。
その事実は知らないであろうファイは続けようと口を開けたが、横目でなにかを見たかと思うと急に爽やかで人懐こそうな笑顔を張り付けた。
レオナを背に隠し、声を張る。
「お仕事中失礼致します。私、王宮近衛兵士のファイ・グローリーと申しますが、少しお話をお聞かせいただけますか?」
町人に遭遇したらしい。
ファイは、町の人々に対しては紳士的な低姿勢を貫くつもりのようだ。普段とのギャップに若干ついていけないと思ってしまう。ちなみに、このギャップは悪い意味を指している。
王宮での評判を聞く限りこの使い分けは成功しているようだが、疲れないのだろうか。
(そっか、だから普段私にはあんなに横暴なのね)
殴られた頭を押さえながら、ひとりで納得した。
「マウロさんはそんなことしませんよ」
「いつも本当によくしてもらっているから」
「きっと賊とかなんでしょうね。ぜひ捕まえてください」
「娘もアンヘラさんが好きなんですよ。いつも遊んでくれてるんで」
「あの2人が犯人? まさか。そんな風に思ってるものなんておりませんよ」
通る人通る人に話を聞いたが、あまりにも不可解だった。
まず、全員がマウロたちを微塵も疑っていないのだ。やはり夫婦が嘘をついていたということはわかったが、そこはさして重要ではない。
犯行は人間業ではないのだ。それはコジュも確かに言っていたし、実際に死体を見たものならば、それがより実感できるはずだ。
そうなると必然的に魔伎が関わっているとしか思えず、彼らを真っ先に疑うのではないのか。
いくら信頼関係ができているからといって、人間とは薄情なものだ。自身に危険が及ぶと思えば、簡単に他人を犠牲にして裏切る。
どうしてそこまで彼らを信じているのかもわからない。どうして信じることができるのか、わからない。
さらに言えば、不審な殺人がすでに5件も発生しているのに、警戒が薄い。
今朝方あんなことがあったというのに、彼らはなにも起こらなかったかのように普通に生活しているのだ。現場で見た恐怖などは欠片も感じていないようにしか見えない。
いままで昼に事件が起きたことがないとは聞いたが、それでも同じ町での出来事だ。被害者に共通点もないのだから、次の犠牲者は自分ではないかと人を疑い、外出も控えているものとばかり思っていた。
話を抵抗もなくしてくれるのはありがたいが、拍子抜けしたのと同時に不信感が募っていく。
どうみても嘘をついているとは思えない彼らに、ファイも困惑しているようだった。
「…えー、ご遺体はすべてコジュさんが預かられているようですが、」
「えぇ、遺族も全員快く任せてますよ」
「先生にはみな感謝してます、こんな町に来てくれて」
「クルグス出身では?」
「違いますよ。確か2年前に、」
「違う違う、5年前だよ」
コジュの話になった途端、議論が始まった。この町に来た時期、昔は恋人が一緒だったはずだ、誰かの親戚だ、など、白熱してしまって口を挟む隙がないどころか存在を忘れられている。
終わる気配がないのを感じ取ると、ファイは呆れた顔をレオナに向けた後、彼らに笑顔で会釈をして踵を返した。
「なんっの参考にもならなかったな」
声が聞こえない距離をとってから、苦々しい表情で吐き捨てた。
「町人同士で疑心暗鬼になってないのはまぁいいことだとは思うが、白々しすぎるだろ」
「うーん…ちょっと信じられないよね」
「なんだ、町ぐるみで犯罪者とでも言うのか? 意味わからん」
気品の欠片もない。年相応のまったく素のファイの姿を見たようで、笑ってしまった。
普段は嫌味なところが多いが、こういう一面も見れるから面白い。
初めはこんな男と行動をするなんて嫌で嫌で、一刻も早く離れたいと思っていたが、いつの間にか人間らしい魅力のあるファイに好感を持っている。
もちろん好きなのはジェイクだ。そこは変わらない。
しかし、彼といるときの自分を着飾る必要はなく一緒にいて楽な存在になったし、協力してやるかという気持ちが自然に生まれたのは確かだ。
彼にはできなくて、自分にできることを。
「…ファイ、もう一度コジュさんのところに戻ってもいい?」
「構わないが、なんだ?」
「遺体を、見たいの」
声が震えてしまった。
目ざとくそのことに気付いて、ファイが否定する。
「お前は見ないほうがいい。見て気持ちのいいものではないし、本当は見たくないんだろ?」
「そりゃ、ほんとは見たくないよ。でも手がかりがないし、また被害者が出ても困るし、ファイも早く済ませたいだろうし、もしかしたら身体には魔力が残ってるかもしれないじゃない」
ファイだってその事実には気付いていたはずだ。魔術師は比較的頻繁に魔力を辿るし、セラルト領でも実際にバレンシアに命じられてイワンとレオナで辿っていた。
それでも無理に見せようとしなかったのは、ファイなりの優しさなのかとも思う。
しかし、それに甘えてばかりじゃいけない。
兄が術で人を殺めていたのを見てしまった。ヘヴルシオンである限りは、彼はまた人を傷つけ、殺めるんだろう。
今回のことは、一瞬でも感じた魔力からジェイクは関与していないとわかったが、これがヘヴルシオンの仕業だったら、彼がこの一件に関わることになっていた可能性だってあるのだ。
嫌なことから逃げていては、ジェイクに近づくチャンスを逃すことにだって繋がるかもしれない。
足を突っ込んだのは自分だ。
「大丈夫。大丈夫だから」
なかば自分に言い聞かせるように、強くファイの目を見て言う。目を閉じて息を吐いたと思うと、ファイがぽんぽんとレオナの頭に手を乗せた。
「わかったよ」