朱の月

イベント企画−3/14−

 お返しはどうでしたか?


「先月は、兄さんとミシェル、ユーリ、ファイにあげたんだよね。うん、ミシェルには当日交換、って形でもらったから、今日は特に。兄さん? 兄さんは、あげるのも難しくて…わかりやすいところに置いておいたら、次の日なくなってたの。ちゃんと兄さんの魔力が残ってたから、間違いないよ! しかもね! お返しもくれたの! え? ……会ってない…。でもでも、また兄さんの魔力が残ってたから! いいんだ、会いに来てくれなくても、私のこと考えてくれてるなら…。――これ、くれるの? お返し? え、ありがとうー! わぁ…可愛い…。硝子の小箱だね。ありがとう、大事にするね! ファイ? いや、会ってないしもらってないよ? まぁ忙しいだろうし、お返し欲しいわけじゃないからね」


「そうなのよ! レオナったら、当日もくれたのに…「お返し」って言ってまたくれたのよ!? もう…健気すぎるわ……お返しなんて、身体でいいのに……え? 他? あぁ、一応専魔師全員に渡したから、それぞれにもらったわよ。…印象的なの……やっぱりノーバットのかしら。暇なんてないのに、街で人気の劇の券を贈ってきたのよ、しかも2枚。誰と行けっていうのよねー。ノーバットと? 行かないわよ。お互い休みなんてないし」


「い、いただいてません……。愛をこれでもか! ってほど詰め込んだんですけど……。ふふ…所詮私はその程度にしか思われていないってことですよね……。いいんです、いいんですよ……ふふふ…。………やっぱり、アドルフさんにもらってた媚薬を使うべきだったんですかね……うーん…でもそれは人として……」


「お返し? するわけねぇだろ。今日ももらう日だ。今日も色々もらったぞー。あ、一個やるよ。お前も甘いもん好きだろ。餓鬼だもんなー! おぉ、怒んな怒んな。いやー、食べ過ぎてちょっと太り気味なんだよなー。ファイ坊帰ってこねぇかなー。今なら思いっきり稽古つけてやんのによー」


「えぇ? お返しなんてあるのん? えぇー! だったらなんかしたのにぃ! 高い服とか高い宝石とか希少な魔道具とか! 欲しかったのにぃ! ……あぁ、だからジェイクのやつ、あんなそわそわしてたのねん。そうそう、何日か前から、近くの街にちょくちょく行ってたもん。んで昨日、ついに可愛ーく包装された箱持ってきてたから、贈る女なんていないだろって思ってたのよねん。やっぱ妹ちゃんかぁー」



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「ってことだけど、ファイ、お返ししてないの?」
 深刻そうな顔をしてユーリが近づいてきたと思ったら、問われたのはなんのことない、今日のことだった。
「当たり前だろ。一人ひとりに返してたら散財するし、きりがない」
「うっわ、近衛兵士のくせにケチー」
「想像よりも給金低いんだぞ、知らないだろうがな!」
 ファイはユーリの頭を両拳で絞める。
 すぐに痛いと声を上げて腕を叩いてくるから、見下しながら放してやった。
 距離を少し取りながら涙目で睨むユーリは、身長のせいなのか中性的な顔立ちのせいなのか、全く凄みがない。どう考えても、この少年は16には見えない。
「別に他はいいけどさ! レオナにはしっかり返してあげなよ! 色々世話になってるでしょ!」
「俺が? あいつに?」
 すごい勢いで頷かれた。
 熱を出したのを看病してやったり、怖いというから死体を見るのに付き合ってやったり、レオナが世話すると言ったユーリの心配もしてやったり、怪我して意識がない時も側にいてやったり。
 世話した記憶はあれど、世話された記憶はないのだが。
「忙しい専魔師の代わりみたいに、ファイの都合で連れまわしてるじゃん!」
 効果音を付けるのなら、「ぎくっ」だ。
 そう、監視のため、という名目はあるが、正直ヘヴルシオンという魔伎集団を相手取るためには、魔術師の力が必要になってくる。
 ファイだけでも魔道具を使いながら対応するのは可能ではあるのだが、それは戦闘に関してだ。その前の調査段階では、魔力がなければ気付けない部分も多い。更に戦闘についても、一対一の場合のみだ。
 専魔師は現在7名のみ。その少ない彼らを、一兵士が不確定な調査のために連れていくことはできないのだ。



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 捜していた人物の後ろ姿を見つけ、声を掛けた。
 振り返った彼女は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの? ま、またどっか行くの…?」
 やはり連れまわしていることが自分の印象になってしまっているらしい。やっと落ち着けている今、またなにか問題の起きている土地に連れて行かれるのではないかと心配しているようだ。
 素直な反応に苦笑してしまう。
「そんな用事じゃない」
 ほっとした表情を浮かべたと思うと、また疑問符を頭に浮かべる。
「じゃあ、なに?」
 確かに今まで、どこかに連れていくとかなにか調べて欲しいものがあるとか、そういう理由でしか彼女を捜したことはない。
 ……この状況で口に出すのは、非常に躊躇われるのだが…。
 そもそも、女性に下心(この場合は情報を引き出したい時や上手く動かしたい時のことで、やましい理由ではない)なしに物を贈るなんてしたことがない。
 その時と同じように笑顔を張り付けて、適当な文句を付けて渡せばいいだけだ。
 なのに、なぜ妙に緊張している自分がいるのだろうか。
「あー……これ、やる」
 考えていたよりもぶっきらぼうになってしまった口調と表情。しまった と思いながらも、出してしまった手はもう戻せない。
 レオナは目を丸くしたまま、ファイの顔と手の袋の間に視線を泳がせている。
 無言の時がこれほどつらいとは思っていなかった。なぜだか照れ臭い気持ちで、レオナを直視することもできない。
(こんな性に合わないこと、するんじゃなかった…)
 後悔先に立たず。まさにその通りだ。
 レオナだって、こんな自分を馬鹿にするだろう。なぜ少しユーリに言われただけでこんな行動を取ってしまったのだろうか。
 ごちゃごちゃと頭の中で考えていると、ふと空気が柔らかくなって手が軽くなった。
「ありがとう。見ていい?」
 礼を言って包装紙を開いていくレオナは、優しく微笑んでいる。
 現れた小さな箱を開けると、そこにあるのはスギライトの小振りのピアスだ。あまり高価なものは好まないだろうし、あまり似あうとも思えず、シンプルで瞳に合いそうなものを選んだのだが。
 開いてから反応があまりにもなくて、不安に思い、レオナの顔を見ると、先ほどよりも目を大きく開いて硬直していた。
(そ、それはどういう反応なんだ…)
 口を開こうとした時、目線を上げたレオナと目が合い、なんとも嬉しそうに破顔された。
「ありがとう。…すごく嬉しい」
「お、おぉ」
「まさかもらえるなんて思ってなかったし、なんだろ…期待とかもしてなかったけど、すごく、嬉しい」
 そして何度も礼を言って嬉しそうに去って行った彼女を見て、たまにはこういうことをするのもありかなと、後悔などすっかり忘れ、随分と軽くなった気持ちで仕事に戻ったのだった。

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